長い一文や込み入った文章が、読んでも頭に入らないのはなぜ?「作業記憶」と読解の研究

法律の条文、専門書の説明、資格試験の長い問題文。一文が3行も続くと、読み終わるころには最初の部分を忘れていて、何の話だったかわからなくなる。これは集中力や頭の良し悪しだけの問題ではありません。文を読む間、意味をつなぐ途中の情報を頭に置いておく「作業記憶」には限りがあり、込み入った文ほどその枠をあふれさせることが、研究で示されています。
3行でわかる
- 文を理解するには、読んだ語を一時的に抱えながら、次の語とつなぐ作業が要る。この「抱える+つなぐ」を同時に行う作業記憶には限りがある。
- 主語と述語が遠く離れた文や、文の中に文が入れ子になった文は、抱える量が増えて理解が落ちやすい。77の研究のメタ分析では、「抱える+処理する」力を測る課題ほど読解力とよく関係していた。
- 作業記憶のトレーニングで読解力が上がるという証拠はない。語彙を増やし、文を区切って書き出すなど、一度に抱える量を減らす読み方のほうが現実的。
01 悩みの正体長い一文が頭に入らないのはなぜ?
文を理解するには、読み終えた語を頭に置いたまま、後から来る語とつなぐ必要がある。つなぐまでの距離が長いほど、置いておく情報が増え、作業記憶の枠をあふれやすいため。
作業記憶(ワーキングメモリ)とは、情報を短い間だけ頭に置きながら、同時に考える作業をするための記憶です。暗算で繰り上がりの数を覚えながら次の桁を足すときに使っているのが、この働きです。
文を読むときも同じことが起きています。たとえば「部長が、課長が新人が作った資料を直したと言っていたことを、私は後で知った」。この文では、「部長が」「課長が」「新人が」の3つの主語を頭に置いたまま、それぞれに合う述語が出てくるのを待つ必要があります。
1992年に心理学者のジャストとカーペンターは、この「置いておく」と「つなぐ」が同じ限られた容量を分け合っている、という理論を出しました[3]。容量の大きい人は、意味が2通りにとれる文でも両方の解釈を持ちこたえられる、と説明しています。
1998年に認知科学者のギブソンは、文の読みにくさを「待っている語を抱える時間」と「つなぐ相手までの距離」で説明しました[4]。予想した語が来るまでが長いほど抱える負担が増え、新しい語とつなぐ相手が遠いほど、つなぐ負担が増える、という考え方です。文の中に文が何重にも入れ子になると、読むのがほとんど無理になる現象も、この考えで説明されています。
同じ行を何度も読み戻ってしまう理由は「読み戻り」の記事に、難しい本で眠くなる理由は専門書と眠気の記事にまとめています。
02 科学的にわかっていること作業記憶と読解力はどれくらい関係している?
関係はあるが、中くらいの強さ。「抱える+処理する」を同時に測る課題ほど読解力とよく結びつく。ただし語彙や単語を読む力を考えに入れると、作業記憶だけの影響は小さくなる。
Daneman・Merikle(1996)[1]
77の研究、計6,179人のデータをまとめたメタ分析。文を読みながら最後の語を覚えておく課題(リーディングスパン)のように、「処理しながら抱える」力を測る課題は、数字や単語をただ覚えておく課題よりも、文章を理解する力をよく予測した。
対象: 作業記憶と、文章の読解・聞き取りの力をあわせて測った研究 / 限界: 相関の研究で、作業記憶が小さいことが読解の苦手さの「原因」だと示したものではない。
Peng ほか(2018)[2]
197の研究、2,026の効果量をまとめたメタ分析で、作業記憶と読む力の相関はr=.29(95%信頼区間 .27〜.31)。単語を読む力と語彙を考えに入れると、読解に対する作業記憶の影響は説明されてしまった。
対象: 学年(4年生の前後など)による違いも調べた研究 / 限界: 4年生以上では言葉の作業記憶が読む力と最も強く関係していた。社会人の独学にそのまま当てはまるかは確かめられていない。
Melby-Lervåg・Redick・Hulme(2016)[5]
作業記憶のトレーニングを調べた87の論文、145の比較をまとめたメタ分析。練習した課題に似た記憶テストは直後に伸びたが、読解などの成績には、別の作業をした対照群とくらべて確かな伸びは見られなかった。
対象: トレーニング前後を測り、対照群を置いた研究 / 限界: 著者らは、作業記憶トレーニングの効果は短期間で、練習した課題に限られると結論づけている。
まとめると、作業記憶の大きさは読みやすさに関係しますが、それだけで読解力が決まるわけではありません。知っている語が多いほど、1語ごとに考える手間が減り、限られた枠を文の構造に回せると考えられます。
03 今日からできる小さな一歩長い文を頭に入れて読むには?
一度に頭に抱える量を減らす。主語と述語を先に拾い、文を区切って紙に書き出し、知らない語は先に調べてから読み直す。
主語と述語に印をつけ、「誰が・どうした」を先に拾う
長い一文に出会ったら、まず「〜が」「〜は」と、それを受ける述語に線を引く。つなぐ相手を目で見える形にしておくと、頭の中で待っておく量が減る。
所要 1文30秒
入れ子の部分を外に出して、短い文に書き直す
「新人が資料を作った」「課長が直した」「部長がそう言った」のように、1文1つの話に分けてメモに書く。頭に抱える代わりに紙に置く。
所要 1文1〜2分
知らない語・あいまいな語を、先に調べておく
語の意味を考えながら文の構造も追うと、両方で枠を使ってしまう。読む前に知らない語を拾い出して意味を書き込み、それから読み直す。
所要 1ページ5分
読み終えたら、本を閉じて1文で言い直す
「つまり何が言いたい文か」を自分の言葉で書く。言い直せなければ、手順1に戻ってつながりを確かめる。
所要 1分
要約しながら読む効果は要約と学習の記事に、教科書がどうしても難しいときの立て直し方は教科書が理解できないときの記事にまとめています。
04 続けるためのコツ込み入った文章を読み続けるには?
難しい文は「自分の頭が悪い」のではなく「抱える量が多い文」と考え、区切る道具を決めておく。語彙を少しずつ増やすと、同じ文でも楽に読めるようになる。
- 読みにくかった文の型(入れ子、主語と述語が遠い、否定が重なる)をノートに書きためる。型がわかると、次に出会ったときに区切る場所がすぐ見つかる。
- 分野の専門用語は、意味を1行で書いた自分用の一覧をつくり、読む前に見返す。
- 作業記憶を鍛えるゲームやアプリに時間を使うより、実際に読む教材で区切り読みを練習するほうが、研究の結果に合っている。脳トレについては脳トレの記事も参考にしてください。
05よくある質問
読解力がないのは、作業記憶が小さいからですか?
それだけでは決まりません。197の研究をまとめた2018年のメタ分析では、作業記憶と読む力の相関はr=.29と中くらいで、単語を読む力と語彙を考えに入れると、読解への作業記憶の影響は説明されてしまいました。語彙や予備知識を増やすことでも補えます。
作業記憶を鍛えるトレーニングで、読解力は上がりますか?
上がるとは言えません。87の論文・145の比較をまとめた2016年のメタ分析では、練習した課題に似た記憶テストは伸びても、読解の成績には、比べる対照群を置いた研究で確かな伸びは見られませんでした。
長い文は、何度も読み返せば理解できますか?
読み返しても、同じ量を一度に抱えようとすると同じ所で詰まりがちです。主語と述語を先に拾う、文を区切ってメモに書き出すなど、頭に抱える量を減らしてから読み直すほうが近道です。
出典
- Daneman, M., & Merikle, P. M. (1996). Working memory and language comprehension: A meta-analysis. Psychonomic Bulletin & Review, 3(4), 422–433. https://doi.org/10.3758/BF03214546
- Peng, P., Barnes, M., Wang, C., Wang, W., Li, S., Swanson, H. L., Dardick, W., & Tao, S. (2018). A meta-analysis on the relation between reading and working memory. Psychological Bulletin, 144(1), 48–76. https://doi.org/10.1037/bul0000124
- Just, M. A., & Carpenter, P. A. (1992). A capacity theory of comprehension: Individual differences in working memory. Psychological Review, 99(1), 122–149. https://doi.org/10.1037/0033-295X.99.1.122
- Gibson, E. (1998). Linguistic complexity: Locality of syntactic dependencies. Cognition, 68(1), 1–76. https://doi.org/10.1016/S0010-0277(98)00034-1
- Melby-Lervåg, M., Redick, T. S., & Hulme, C. (2016). Working memory training does not improve performance on measures of intelligence or other measures of "far transfer": Evidence from a meta-analytic review. Perspectives on Psychological Science, 11(4), 512–534. https://doi.org/10.1177/1745691616635612


