寝ている間に記憶が整理されるのはなぜ?睡眠中の「記憶の再生」の研究と、まだわかっていないこと

「寝ている間に記憶が整理される」とよく聞きます。たしかに、覚えた後に眠ると忘れにくいことは、長い研究の歴史で確かめられてきました。では、眠っている脳の中で何が起きているのでしょうか。この記事では、記憶が睡眠中に「再生」されるという説の証拠と、その説だけでは説明しきれない最近の研究を、順に見ていきます。
3行でわかる
- 覚えた後に眠ると、同じ時間起きていたときより多く思い出せる。177本の論文をまとめた分析で、中くらいの効果(g=0.44)が確認された。
- 有力な説明は、眠っている間に脳が新しい記憶をくり返し再生し、長く残る形に移すというもの。学習中のにおいや音を眠りの中で流すと、記憶が少し強まった(91実験のメタ分析でg=0.29)。
- ただし、深い眠りが多いほど覚えているという関係は、159人の研究では見られなかった。仕組みの全体像はまだわかっていない。
01 悩みの正体寝ると記憶が残りやすいのは本当?
本当です。学んだ後の眠りは、起きていた場合より記憶を多く残します。ただし効果の大きさは条件によって違い、発表されにくい研究を考えに入れると小さくなります。
1967年から2019年までの177本の論文(823の効果量)をまとめたメタ分析(多くの研究を統計でまとめる方法)では、学んだ後に眠ると、同じ時間起きていたときより出来事や単語の記憶が多く残っていました(効果量g=0.44、中くらい)[1]。効果は、同じ内容を1回だけでなく何回か学んだときに大きく、手がかりなしに思い出すテストで最も大きく出ました。
一方で、効果が出た研究ほど発表されやすい偏りを補正すると、効果は小さくなりました(g=0.28)。それでも統計的にははっきり残りました[1]。つまり「眠ると記憶が残りやすい」は確かですが、劇的な差ではありません。
02 科学的にわかっていること眠っている脳は、記憶に何をしている?
有力なのは、深い眠りの間に新しい記憶がくり返し再生され、長く残る形に移されるという説です。証拠はありますが、別の説もあり、合わない研究結果も報告されています。
昔は、眠ると外からの刺激が入らないので記憶が邪魔されにくい、という「守る」説明が中心でした。今の有力な説明は、もっと積極的です。起きている間に覚えたことは、まず海馬(記憶の入口になる脳の部分)に一時的に入ります。深い眠り(徐波睡眠)の間に、その記憶がくり返し再生され、大脳の広い部分に移されて長く残る形になる、という考え方です[2]。
RaschとBorn(2013)[2]
睡眠と記憶の研究を広くまとめたレビュー。新しい記憶は徐波睡眠の間に再生され、長期の記憶に組み込まれる形に変えられると整理した。睡眠を「記憶を固める状態」、起きている状態を「新しく覚える状態」と位置づけている。
対象: 人と動物の研究のレビュー / 限界: 説を組み立てた解説で、新しい実験の結果ではない。
Raschら(2007)[3]
学習中にあるにおいをかがせ、その後の徐波睡眠中に同じにおいを流すと、海馬が関わる記憶(覚えた内容の記憶)がよく残った。海馬に頼らない技能の記憶には効かなかった。夢を見ることの多いレム睡眠や起きている間に流したとき、学習中ににおいがなかったときにも効果はなかった。においを流すと海馬が活動していた。
対象: 人の実験室実験 / 限界: 実験室で脳波を測りながら行う方法で、日常の勉強ではない。
Huら(2020)[4]
眠っている間に、学習に結びつけた音やにおいを流す研究(記憶の再活性化)を91の実験(2,004人)でまとめたメタ分析。全体で記憶は小さめに強まった(g=0.29)。効果が見られたのはノンレム睡眠の段階2(g=0.32)と徐波睡眠(g=0.27)で、レム睡眠と起きている間では効果がなかった。
対象: 実験室研究 / 限界: 著者らは、発表されにくい研究による偏りを複数の方法で検討したうえで、効果は支持されるとしている。
別の説もあります。起きている間に強まった脳のつながりを、眠りの間に全体として弱めて整え、大事なつながりを目立たせるという「シナプス恒常性仮説」です[6]。どちらの説も、深い眠りに大きな役割を認めている点は共通しています。
03 まだわかっていないこと深い眠りが多いほど、よく覚えている?
そうとは言えません。同じ人で深い眠りが多い昼寝と少ない昼寝を比べた159人の研究で、記憶の残り方との関係はほぼゼロでした。仕組みはまだ解明の途中です。
CordiとRasch(2021)[5]
スイスの159人が、別の日に2回、午後に90分の昼寝をした。その前に単語のペア(80組、高齢者の群は40組)を覚え、昼寝の後に思い出した。同じ人の中で、深い眠りが多い昼寝と少ない昼寝を比べても、記憶の残り方との相関はほぼゼロ(r=−0.023)だった。人どうしを比べても関係は見られなかった。
対象: 健康な人(一部は高齢者)で、94%が女性 / 限界: 夜の睡眠ではなく昼寝の研究。著者らは、深い眠りが記憶に関わらないとは言えず、「多ければよい」わけではない、と結論している。
同じ著者らは、睡眠と記憶の研究で、これまでの重要な結果がくり返しの実験で再現されなかったり、特定の条件でしか見られなかったりした例をまとめています。睡眠の記憶への効果は、以前考えられていたより小さく、課題によって変わり、長続きしにくい可能性があるとしています[7]。
実験室の結果(短い時間で覚える単語のペアなど・数時間〜1晩)と、働きながら何か月も続ける独学とは条件が違います。「眠ると記憶が残りやすい」は確かでも、「睡眠中の仕組みを操作すれば成績が上がる」とまでは言えません。
04 今日からできる小さな一歩この研究を、独学にどう生かす?
仕組みを操作しようとせず、「学んだ後に眠る時間」を削らないことを優先します。覚えたい内容は、寝る前に一度思い出してから眠ります。
覚える勉強は、眠る日の中に入れる
新しく覚えた後に眠ると、起きていた場合より多く残ります[1]。徹夜で詰め込むより、覚えた日はふつうに眠ります。
所要 0分(予定の組み方だけ)
寝る前に、今日覚えたことを本を閉じて書き出す
何回か学んだ内容ほど、眠りの効果が大きく出ました[1]。最後の1回を「思い出す練習」にしておきます。
所要 3〜5分
翌朝、同じ内容をもう一度思い出す
眠った後にどれだけ残ったかを確かめます。抜けていた所だけを見直します。
所要 3分
05 続けるためのコツ睡眠の研究に振り回されないには?
「深い眠りを増やす」「寝ながら覚える」といった方法を追いかけず、眠る時間と、寝る前と朝の短い思い出しを続けます。
- 眠りの段階を測って一喜一憂しない。深い眠りの量と記憶の関係は、大きな研究で見られませんでした[5]。
- 「後で使う」と意識して覚える。覚えた後に「後でテストがある」と知らされた人だけ、眠りの効果が大きく出たという実験があります[8]。ただし1つの研究で、確かめが必要です。
- 眠りの習慣を見直すなら記録から。勉強する人の睡眠チェック表と記録表を使えます。昼寝については昼寝のとり方の研究にまとめています。
06よくある質問
深い眠りを増やせば、記憶は良くなる?
159人の昼寝の研究では、同じ人の中で深い眠り(徐波睡眠)が多い日と少ない日を比べても、記憶の残り方との関係はほぼゼロでした[5]。深い眠りの「量」を増やすことを目標にするより、学んだ後にふつうに眠る時間を確保する方が、研究の結果に沿っています。
寝ている間に音声を流して覚えられる?
睡眠中に音やにおいを流す研究は、起きている間に学んだことを手がかりで呼び起こす方法で、新しいことを寝ながら覚える方法ではありません。91の実験をまとめた分析で効果は小さめで[4]、多くは実験室で脳波を見ながら、眠りの段階に合わせて流す手順です。家で同じことができるとは言えません。
寝る前に勉強すると、記憶に残りやすい?
学んだ後に眠ると、同じ時間起きていた場合より多く思い出せることが、177本の論文のメタ分析で確かめられています[1]。寝る前の勉強の効果と注意点は寝る前の勉強と記憶の研究にまとめています。
出典
- Berres, S., & Erdfelder, E. (2021). The sleep benefit in episodic memory: An integrative review and a meta-analysis. Psychological Bulletin, 147(12), 1309–1353. https://doi.org/10.1037/bul0000350
- Rasch, B., & Born, J. (2013). About sleep's role in memory. Physiological Reviews, 93(2), 681–766. https://doi.org/10.1152/physrev.00032.2012
- Rasch, B., Büchel, C., Gais, S., & Born, J. (2007). Odor cues during slow-wave sleep prompt declarative memory consolidation. Science, 315(5817), 1426–1429. https://doi.org/10.1126/science.1138581
- Hu, X., Cheng, L. Y., Chiu, M. H., & Paller, K. A. (2020). Promoting memory consolidation during sleep: A meta-analysis of targeted memory reactivation. Psychological Bulletin, 146(3), 218–244. https://doi.org/10.1037/bul0000223
- Cordi, M. J., & Rasch, B. (2021). No evidence for intra-individual correlations between sleep-mediated declarative memory consolidation and slow-wave sleep. Sleep, 44(8), zsab034. https://doi.org/10.1093/sleep/zsab034
- Tononi, G., & Cirelli, C. (2014). Sleep and the price of plasticity: From synaptic and cellular homeostasis to memory consolidation and integration. Neuron, 81(1), 12–34. https://doi.org/10.1016/j.neuron.2013.12.025
- Cordi, M. J., & Rasch, B. (2021). How robust are sleep-mediated memory benefits? Current Opinion in Neurobiology, 67, 1–7. https://doi.org/10.1016/j.conb.2020.06.002
- Wilhelm, I., Diekelmann, S., Molzow, I., Ayoub, A., Mölle, M., & Born, J. (2011). Sleep selectively enhances memory expected to be of future relevance. Journal of Neuroscience, 31(5), 1563–1569. https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.3575-10.2011


