学び直しで、慣れたやり方が新しい方法の邪魔をするのはなぜ?「わかっている解き方」が近道を見えなくする構え効果の研究

学び直しで新しい解き方を教わっても、気づくと昔のやり方で解いている。仕事で身につけた手順があるせいで、新しいソフトや計算の方法がなかなか入ってこない。「年のせいで頭が固くなった」と感じる人もいるかもしれません。研究では、慣れた解き方が浮かぶと、もっと良い方法が目に入りにくくなることがわかっています。「構え効果(アインシュテルング効果)」と呼ばれる現象です。
3行でわかる
- 慣れた解き方が浮かぶと、もっと良い方法が見えにくくなる。チェスの熟練者でも、見慣れた手がある問題では、約3標準偏差下の(かなり格下の)人と同じくらいの成績に落ちた。
- 「もっと良い手を探している」と本人が言っていても、目は慣れた手のまわりを見続けていた。慣れた方法が「一応うまくいく」ときに起きやすく、はっきり失敗する手は、ほとんどの人が避けられた。
- 経験が多いほど起きるわけではない。対策は、慣れた方法で解けた後に別の方法を1回探すこと、種類のちがう例題で練習すること。
01 悩みの正体慣れたやり方から抜けられないのはなぜ?
最初に浮かんだ慣れた解き方が、注意を自分の方へ引きつけるからです。別の方法を探しているつもりでも、目と頭は慣れた方法のまわりに戻ってしまいます。
この現象が最初に示されたのは、1942年の「水がめ」の実験です。決まった大きさのかめを使って、ちょうどの量の水を量る問題を解いてもらいます[3]。
はじめの5問は、同じ手順で解けました。その後に、別の手順でしか解けない問題を出すと、多くの参加者が「解けない」と答えました。前の問題を解いていない人たちは、同じ問題を簡単に解いていました[3]。
うまくいった経験が、次の問題の見え方を決めてしまう。これが構え効果です。学び直しの大人は、仕事や昔の勉強で「うまくいったやり方」をたくさん持っています。そのぶん、この効果に出会う場面も多いと考えられます。
02 科学的にわかっていること慣れた解き方は、どのくらい邪魔をする?
チェスの熟練者でも、見慣れた手があるだけで、ずっと格下の人と同じくらいの成績に落ちました。目の動きを測ると、慣れた手のまわりを見続けていました。ただし、慣れた手がはっきり失敗するときは、ほとんどの人が避けられました。
Bilalićら(2008a)[1]
チェスの熟練者に、見慣れているが最善ではない解き方と、見慣れないがより良い解き方の両方がある問題を解いてもらった。見慣れた解き方があるだけで、熟練者の成績は、約3標準偏差下の人が別の問題を解いたときと同じくらいまで下がった。一方で、腕が上の人ほど、この影響は小さかった。
対象: チェスの熟練者(候補マスターから国際マスターまで) / 限界: チェスの問題での実験で、勉強や仕事の場面ではない。
Bilalićら(2008b)[2]
5手で詰む見慣れた手順と、3手で詰む見慣れない手順がある問題で、目の動きを測った。熟練者は5手の方を見つけた後、「もっと良い手を探している」と答えた。それでも目は、すでに見つけた手順に関係するマスを見続けていた。見慣れた手順がない形の問題では、熟練者は3手の詰みを見つけられた。
対象: チェスの熟練者 / 限界: チェスの問題での実験。注意が引きつけられる仕組みを示したもの。
SheridanとReingold(2013)[3]
カナダのチェスの熟練者17人と初心者17人で調べた。慣れた手が「一応うまくいく手」の問題では、熟練者も初心者も同じ17人中8人がその手を選び、より良い手を見逃した。慣れた手が「はっきりした悪手」の問題では、熟練者は全員、初心者も多くが避けられた。
対象: 熟練者17人・初心者17人 / 限界: 少人数で、チェスの4問だけ。著者らは、悪手だと結果がはっきりするため別の手を探す気になったのでは、と考えている。
Ninomiyaら(2022)[4]
名古屋大学の学生に、水がめの問題をもとにした計算の課題を60問解いてもらった。そのうち50問は、教わった手順でも、もっと短い手順でも解ける問題だった。分析した46人のうち、最後までに短い手順に気づいたのは67%(31人)。気づいた人は、教わった手順で解けているあいだから、その手順に関係のない数字にも目を向けていた。
対象: 日本の大学生60人(分析は46人) / 限界: 1つの大学での実験室の課題。
ChenとMo(2004)[5]
水がめの問題に似た課題を4つの実験で使った。手順の変化が少ない例題で練習すると、最初は早く覚えたが、狭く固い解き方(構え)ができた。手順がさまざまに変わる例題で練習すると、最初は覚えるのが遅かったが、新しい手順の要る問題も解きやすくなった。
対象: 実験の参加者 / 限界: 実験室のパズルの課題。長期の勉強で確かめたものではない。
ここで紹介した研究は、チェスや計算のパズルを使った実験です。大人が資格や仕事のスキルを学び直す場面を直接調べたものではありません。下のやり方は、わかっていることを学び直しに当てはめたものです。
03 今日からできる小さな一歩慣れたやり方に引きずられないためには?
慣れた方法で解けた後に、別の方法を1回だけ探します。新しい方法は、古い方法では解けない問題で練習し、例題は種類を変えて並べます。
解けた後に「ほかの方法は?」と1回だけ問う
いつもの方法で答えが出たら、ノートに「別の方法」と書いて2分だけ探します。近道に気づいた人は、慣れた手順で解けているときから、ほかの情報にも目を向けていました[4]。
所要 2分
新しい方法は「古い方法が通じない問題」で練習する
慣れた手がはっきり失敗するときは、ほとんどの人が別の手を探せました[3]。古いやり方では答えが合わない問題や、時間がかかりすぎる問題を選んで、新しい方法を使います。
所要 1問10分
古い方法と新しい方法の時間を書き比べる
同じ問題を両方の方法で解き、かかった時間と正誤を1行ずつ書きます。「一応うまくいく」古い方法の弱点が数字で見えると、乗りかえやすくなります。
所要 5分
04 続けるためのコツ新しいやり方がなかなか身につかないときは?
最初は遅く感じるのが普通だと知っておくことです。変化の多い練習は、はじめは覚えるのが遅くても、新しい問題に強い解き方を育てます。
- 新しい方法に変えた直後に「前の方が速い」と感じても、すぐに戻さない。勉強法を変えたのに手応えがないときの確かめ方も参考になる。
- 予備知識の量で勉強法の効き方が変わることもある。人に効いた勉強法が自分に合わない理由もあわせて読む。
- 年齢と学習の関係が気になるときは、大人の学び直しは不利なのかを見る。
05よくある質問
年をとって頭が固くなったから、新しいやり方が覚えられないの?
この研究が示しているのは、年齢ではなく「慣れた解き方があること」の影響です。チェスの実験では、熟練者と初心者のどちらも17人中8人が、慣れた手を選んでもっと良い手を見逃しました。年齢と学習の関係は、別の研究で調べられています。
経験があることは、学び直しでは不利なの?
不利とは限りません。チェスの研究では、腕が上の人ほど慣れた手に引きずられにくいことも示されました。経験は多くの場面で役に立ちます。慣れた方法が「一応うまくいく」場面でだけ、別の方法を探す時間を取れば十分です。
構え効果とアインシュテルング効果は同じもの?
同じものです。アインシュテルング(Einstellung)はドイツ語で「構え・心の向き」を表す言葉で、1942年の水がめの実験から知られるようになりました。日本語では「構え効果」とも呼ばれます。
出典
- Bilalić, M., McLeod, P., & Gobet, F. (2008). Inflexibility of experts—Reality or myth? Quantifying the Einstellung effect in chess masters. Cognitive Psychology, 56(2), 73-102. https://doi.org/10.1016/j.cogpsych.2007.02.001
- Bilalić, M., McLeod, P., & Gobet, F. (2008). Why good thoughts block better ones: The mechanism of the pernicious Einstellung (set) effect. Cognition, 108(3), 652-661. https://doi.org/10.1016/j.cognition.2008.05.005
- Sheridan, H., & Reingold, E. M. (2013). The mechanisms and boundary conditions of the Einstellung effect in chess: Evidence from eye movements. PLoS ONE, 8(10), e75796. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0075796
- Ninomiya, Y., Terai, H., & Miwa, K. (2022). Differences in the distribution of attention to trained procedure between finders and non-finders of the alternative better procedure. Frontiers in Psychology, 13, 934029. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.934029
- Chen, Z., & Mo, L. (2004). Schema induction in problem solving: A multidimensional analysis. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 30(3), 583-600. https://doi.org/10.1037/0278-7393.30.3.583


